「同じ症状」でも「同じ人」ではない。現場で感じる違和感
私は普段、楽器演奏のボランティア活動を行いながら、介護の資格を活かして現場に携わっています。
日々多くの方と接する中で、どうしても拭えない違和感を抱くことがあります。それは、同じ病気や障害を持っている方々に対して、「個」としての尊厳や好みが置き去りにされているのではないかという点です。
たとえ同じ障害を持っていたとしても、性格や趣味、嗜好は本来「十人十色」です。しかし、大人数を対象とした集団活動や施設サービスにおいては、どうしても効率が優先され、画一的なケアに陥りがちなのが現状です。
「車椅子=この店」という選択肢の少なさが奪うもの
この「個の不在」は、介護や福祉の現場だけでなく、情報のあり方にも共通しています。
例えば、車椅子ユーザーの方が食事に行こうと検索をすると、以下のような状況に直面することが少なくありません。
- 「車椅子で行ける店」という条件だけで、選択肢が極端に絞られる
- 本人の「辛いものが食べたい」「甘いものが好き」という好みが二の次になる
- バリアフリー設備の有無ばかりが強調され、食事の質や雰囲気が選べない
車椅子ユーザーであっても、激辛料理が好きな人もいれば、スイーツを心ゆくまで楽しみたい人もいます。
「多少アクセスが難しくても、本当に好きなものを食べたい」という欲求は、人間としてごく当たり前の願いではないでしょうか。
当たり前の欲求を実現するために私たちができること
「バリアフリーだからそこに行く」のではなく、「好きだからそこに行き、どうすれば入れるかを考える」。
このような主体的で自由な選択をサポートすることが、本当の意味での「個の尊重」に繋がると私は考えています。
私がこれまで培ってきた介護の知識や、ボランティアでの経験を活かし、この「当たり前の欲求」を形にするために何ができるのか。その具体的なアクションについて、一つの提案があります。
【編集部注:読者への補足】
最近では、スロープの設置有無だけでなく、店内の通路幅やテーブルの高さまで詳細に記載された口コミサイトも増えています。
まずは「自分たちが発信する情報」の解像度を上げることが、誰かの選択肢を広げる第一歩になります。
次の記事では、この課題を解決するために私が実際に取り組もうとしている具体的なステップについて詳しくお伝えします。
